断片から断片の集合へ

断片から断片の集合へ物事には始まりがある。で、始まりは大体全体の一部なのだ。断片。いやいや俯瞰だよ。俯瞰が大事だよという声もあるだろうし、以前ひねくれていた僕は恐らく断片だと言われたら俯瞰だと返答するだろう。しかし、**前提知識の希薄な俯瞰もまた断片でしかないのだ**。

で、断片を知れたらしめたものであって、次にやることは次の断片を収集することなのだ。そして、その次にやることは?そう、また断片を収集することだ。この継続。そして、たまに断片を整理してある程度まとまりのある断片にする。これが学習。

広い視野は大事だろう。断片にも重要な断片と周辺に位置する意味のない断片があって、周辺の断片をいくら集めても本質にたどり着けないかもしれない。まぁ、いつかはたどり着くと思うけれど。で、この広い視野というのは断片をたくさん集めた人が持っているものであって、どんな道でもそうだけれど、こういう人は目が肥えているのである。そういう人の言葉を聞くのが近道ではある。例えば大学の講義やその道数十年の熟練。

まぁ、そうは言ってもなかなかそういう機会はないものだし、将来天才が開花する予定であったとしても、現在凡人が学ぶ方法として断片の収集は普段当たり前に意識せず行っていることだろうが、とても大事で意味のあることなのである。意識的に行えたら好ましい。

そしてさらに、**断片を吸収する一番よい時期はそのことに興味が向いているとき**である。忘れがちだけど大事なことで(ある程度まとまったことを)*時間ができたらやろう*というと時機を逃すのである。ある程度まとまったことがある程度まとまった状態でやらなければ意味のないことは多いが(例えば日曜大工やプログラミング)、できるだけ要素を分解して断片化して、そのときにやるべきなのだ。特にそのことが好きであるならば。

完成された職人は憧れの対象だが、その完成もまた断片の集合であって、断片の集合が完成に見えるのは、断片を集合させて再構築して大きな断片にして、その大きな断片があまりにも巨大な為、もはや現在凡人の視界に収まりきらない状態なのだ。

さて、自己正当化も含めて思いつくままに思考の速度で駄文を綴ってきたのだが、ここでこの記事を書こうと思った要因ともなったOctopressと断片について語って文を終えようと思う。むしろこれが書きたかった。

Octopressは簡易ブログ作成サービスなのだが、コマンドラインとmarkdownで記事が書けるので凄まじく軽く感じる。今僕が書いているようなこの記事も一般的なブログサービスならいちいち面倒を感じてなかなか一歩が踏み出せないが、Octopressなら「書いてる」「思いついた」という感じで、思いついたのが早いか書いているのが早いか分からなくなるくらい、思いついたらすぐ書いている。

で、断片を量産しているのだけれど、断片を量産化したい人にはお勧めのサービスですw

最後ぐだぐだになりましたが、アウトプット大事ですよね。僕は興味があることはとりあえず全体像が見えなくても書いていこうといういう方針でやってますが、この方針でできるのもOctopressだからです。あー、Octopress礼賛はいつまで続くのかw

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