ホリエモンモン – 社会的に弱っている人に対する視点

ホリエモンモン – 社会的に弱っている人に対する視点仮釈放されたということで良かったですね。IT系(?あー、IT系って言い方に非常に違和感があるのでそれについて今度考えよう)のメディアに出ずっぱりで、その他大手メディアも会見場にたくさん集まったということです。

でも、痩せたせいかギラギラした当時の勢いが感じられないですね。当時はメディアのバッシングも狂ったように激しくてなんだか壮絶な光景だった気がします。まぁ、たくさん食べてまた元気になって活躍されることを期待しています。既存の社会に風穴を開けるトリックスターはやっぱり必要な気がします。まぁ当時に比べればだいぶ居心地のよい社会になったとは思いますが。

ギラギラ。

ところで、下記の記事を読んでとても共感できることがありました。

 私が思ったのは、刑務所にいる人たちが極悪な人でも変わっている人でもなく、本当に「普通の人」ということ。若干変な人もいるが、凶悪犯というよりはトラウマを抱えていたり、家庭環境が良くなかったり、社会に対してルサンチマンを持っている人。
 裏返していうと、世の中にいる普通の人が何かのきっかけで犯罪者になってしまうことも十分あるということ。そういった人たちが刑務所に入ると、死刑でもない限り必ず出所する。そういった人たちが再び犯罪を起こさないことが大事ではないかと思っている。
 犯罪の絶対数を減らすのは再犯を減らすことから。私が(刑務所に)入って驚いたのは、刑務所に入った人間の再犯率が5割を超えるということ。何らかの形でお手伝いできればと思う。まずはそういった人を知ってもらうこと。私は普通の人よりは発信力あると思っているので(そういった情報を)発信して知っていただく。最初からフルコミットして(更正)施設を作るのは難しい。まずは寄付する、知ってもらう、再犯防止の方策を考えてもらうということ。
痛い経験を糧に、新しい価値を創造したい–堀江貴文氏の会見質疑応答 – CNET Japan

すべての犯罪者がそうだとは思いませんが、ここで語られているような「普通の人」というのは多いと思います。トラウマ、家庭環境、ルサンチマン(今後はまとめて「ト家ル」ということにします。長いので。)、自分ではどうしようもないこれらのことが原因で自分でも良くないと思いながら、あるいはその解消のための方法が他に思いつかず犯罪を行なってしまうというケースも多くあると普段から感じているからです。

個人の気持ち、努力というけれど、それを言うには本質的に不平等な社会では適用範囲が狭い(同じような境遇にいる人同士で言い合うのは良いと思います。成り立ちます)。社会は本質的にある程度の不平等を前提とする成り立ちが最も安定的に継続できるのでこれは大きく変えることはできない。

思うのです。社会を変えるなんてそんな大きなことをする必要なんて全くないんじゃないかと。社会はある程度安定しています。それよりも直接的にト家ルを抱えてしまった人々に救いの手を差し伸べる方法はたくさんある。「話を聞く」「仲間を作りやすい環境を作る」、「好きである、興味を持っているということを伝える」など、それだけでだいぶ変わるかもしれない。ほんとに。そしてもっと良いのはそういうことができる環境が固定的にあって、その存在をト家ルの人が知っていて、弱ったらいつでも行けるという状況ができてくることです(もうあるかも、あるならもっと宣伝してほしー)。

(ト家ルが弱っている/弱い存在という前提で書いていると思いますが、自分としては歪なルサンチマンを長い間抱えていた時期があったので、当時の自分を重ねて考えて書いています。)

よく昔話でキリスト教と出会って感動して改宗したという話を聞きますが、これはあると思うのです。僕は無宗教ですが、宗教家の人には助けられたことが何度かあります。スリランカで泊めてもらいました。話を聞いてもらいました。褒めてもらいました。その人に宗教を押し付けられたら僕の中で拒否感が生まれたでしょうが、そういうことは一切ありませんでした。僕は安心しました。「大きな心で抱擁すること。」宗教のことはよくわからないので宗教の種類や流派によっては全く当てはまらないかもしれないのですが、思索を深めていけばどこかの時点でこの境地に達することができると思います。

でも、宗教家でなくてもこれはできると思います。大きな心でなくても小さな心でも抱擁できます。抱擁は与えることだと思います。しかし他人に与えるというのはほとんどの場合、自分の気持ちに返って来て気持ちよくなります。弱っている人は貰えばいいんだと思います。これが自然にできればお互いにハッピーです。できれば間接的にお金を振り込むとかではなくて、直接何かしたほうが気持ちの満足度も上がるしいいですね。

インドにサドゥーという働かないで修行(?)ばかりしている人たちがいます。早朝町を歩くと、道の端にサドゥーの方たちがボケーッと缶を持って座っています。その人達に町の人は食べ物やお金(だったと思う)をあげます。お互いにありがとうとか、そういうやり取りはあまりなかったように思います。自然に与える、もらう関係。それっていいんじゃないかなぁと思います。だから、サドゥー変だけど存在価値あるなぁと思ってました。与える喜びを提供するためにもらってやる的なw (インドの北の方に行くとこういう人たくさんいるので、興味ある人は是非。場合によってはちょっと怖いと感じる方も多いと思いますが。)

ト家ルでも犯罪に走る人は一部だと思いますが、その人たちを救うことが直接犯罪率の低下につながるのならば、それは社会的に非常に価値のあることです。そして、そういう行動で救われる一人ひとりの気持ちを考えると本当に嬉しくなります。

社会を変えなくても、一言「話しかける」「興味を持っていることを伝える」「大切だということを伝える」。弱っている人には重点的に伝えるw 弱っている人は自分に価値がないと思っていて求めることができないかもしれないので、これは一方的に与えちゃうしかないと思います>< これだけで社会で生きやすくなる人がたくさん生まれる。これが出来る社会は良い社会だと思います。

あぁ、未来の社会が見えてきたー。過去からずっと人類の社会は豊かで素晴らしくなり続けていると思っている僕の将来のイメージは明るいですw

取り留めもなく語ってしまいました。とにかく、ホリエモンがこのことに関心を持ったというのは嬉しいことですね。

a,

蛇足的に追記です。
ホリエモンというとお金持ちというイメージがありますが、優しくある、人を助けるためにはある程度の強さが必要だと思います。お金は強さの一つだと思います。持てるものはたくさんの与える喜びを持っていると思います。まぁ、別にいいんですが、たくさん与えられていいなとw お金なくても才能あれば与えられるので、僕はとりあえずがんばりますw

参考URL

Pocket
LINEで送る

You may also like...