教養について考えてみた。結局イノベーションは教養から生み出される

教養について考えてみた。結局イノベーションは教養から生み出される今日初めてニコニコ学会に参加して、会のテーマとは別にひらめいたことがありました。教養についてです。ちょっとしたひらめきなんですが、ちょっとメモ的に書き残しておきます。

はじめに

このメモの流れとしては、教養は単に知っているということという気付きから始まり、教養があると人のエネルギー(活動量や影響力が増す)ということにつながり、イノベーションは教養xエネルギー(持論)だから、結局教養が大事となり、そもそも教養が増すためには教育とか学びやすい環境が大事となり、教養がある人つながりってのが存在すると流れ、最近教育のオープン化が進んでいる理由はこれかというところに辿り着きます。

キーワードは、「教養とは単に知っていること」と「ノードとしての人」という感じです。

教養とはただ単に知っていること

教養ってちゃんと考えたことがなかったけど、まぁちょっと固い、高級なもののようなイメージがあ
ります。でも、ちょっと考えてみたんですが、これって噛み砕くと単に「知っていること」あるいは、「研究対象を中心とした周囲の知識を知っていること」くらいの意味になるんじゃないかと思いました。ほんとに単純。頭が良ければたくさん教養を得られるけど、別にそれはマストではなくて、単に「知っていること」くらいの意味で考えると実態に近いんじゃないかなと思います。

教養はいい大学や、いい家柄の人が自然に身につけるものではなくて、単に「知っていること」。いい大学や、いい家柄の人は教養へのリーチが短いし、後で述べる教養クラスタに含まれるからどんどん教養が増えていく、環境に恵まれているだけってことになります(「だけ」と言いましたが人生の短い時間の中でこのスピード感は一応大事だけど)。

何かとても細かいことの専門家になろうとする。例えば、喫茶店の床に使われているじゅうたんの素材研究家などなんでもいい。そしてそれを極めようとすると、データ解析やじゅうたんの製造元の情報など知らないといけない。データ解析のためにはプログラミングや理論、じゅうたんの製造元情報が外国ならその国の言葉など。知っているか知らないか。そして、今の時代、いたるところでこの教養にある程度リーチできる。インターネットがあるから。

エネルギーは教養があると増す

教養関連でエネルギーについて。ここで言うエネルギーは人の持つ活動量や影響力のようなもの。昔情熱について考えたことがあったのですが、情熱もエネルギーの一種。なんでエネルギーについて語るかと、イノベーションの話に繋げたいと思っているからです。

教養とエネルギー(人間の活動量)はどうつながるか。すごく単純化するとエネルギーは個性があって、人によって生まれながらにたくさん持っている人とそうでない人がいます。それはそれでいいんですが、ここに教養という変数が加わるとこのエネルギー量が変化すると思っています。

例えば、先ほどの喫茶店のじゅうたんの話で言うと、じゅうたん周りの教養が高まってくると、じゅうたんの製造国のことに詳しくなる。日本とその国のつながりが見えてくる。その国で戦争が起こっていたり、表に出てこないけれど人権の問題があったりするなど見えてくる。そういうふうに物事のつながりや、今まで見えてこなかったことが見えてくるようになります。問題意識が持ちやすくなります。

問題意識はモチベーションに繋がります。モチベーションはエネルギーを生み出します。無尽蔵に。人を引きつける人やなにかすごいことをする人はこのエネルギーがすごいという印象を持っています。とにかく人のエネルギーを増加させるためには教養がたくさんあると良いと思います。

イノベーションは教養×エネルギー

そして、イノベーションは教養とエネルギーの掛け合わせで生まれます。じゅうたんに付いて熟知していて、そして、問題意識もある。じゅうたんに関する問題を解決したい!そして、今までにないものを生み出す!!こういう流れに自然に行き着くような気がします。

教養がなければ問題に気づかない。エネルギーがなければ解決しようと思わない。2つにわかれているように見えるけど、実際は教養があるかないかでイノベーションが起こるかどうかが変わってきます。教養変数の影響が非常に大きい!

ということは、教養が上がるとイノベーションが加速する

ということは、教養があがるとイノベーションが加速する。どんな単位でもいいですが、例えば、国として、地域として、組織として、個人としてイノベーションが起こるということは成長するということで、今の社会的にはお金に結びつきますです。もう少しすると、お金だけじゃなくて単純に評価が上がるということになると思います。評価は力です(評価主義社会的な本の影響を受けているかも)。

教養は結局は教育というか、学びやすい環境

教養は結局は、上から見ると教育、下から見ると学びやすい環境です。例えば国を例に取ると、教育に力を入れ、国民が学びやすい環境を徹底的に整備すると、国民の教養が上がり、エネルギーが上がり、イノベーションが生まれ、リッチになるという好循環が生まれると思います。

人はつながりグラフを持っている

ちょっとだけそれますが、人はだれかとつながっています。そして、関心分野が似ている人がつながる傾向が高いと思います。教養の範囲が似ている人がつながると考えると、いい大学やいい家柄はこの点で非常に恵まれています。インターネットの世界と言っても、やっぱり単位は人です。いい大学はトップレベルの研究者と近い。この世界の最も進んだ情報というのはインターネットにはなくて最も進んだ人の脳内やその周辺にあるので、そういう情報にアクセスしやすい環境にあると思います。

教養の中には暗黙知も多分に含まれているので、その点でもメリットは大きい。じゃあ、そういう環境にない人はイノベーションを起こせないのか?そんなことがないことは、まぁすぐに分かるのですが、でもそういう人たちって特別でしょって諦めることはまったくない!

最近、各国が大学のリソースをオープンにする理由

最近、各国(情報が入ってくるのは米国とか日本とか中国とか)で大学のリソースを公開するところが増えている。これって単に人類の利益の為の動き?それも多分にあると思いますが、皆、やはり自分の国や大学の価値を高めようとしてやっていると思います。良い教育を発信する。その「場」に人が集まる。そしてその人々はその「場」を通してつながっている。こういう「場」の中心にいることのメリットが大きいのではないか。

あと今の時代発信しないと存在しないことと同じ。インターネット活動と同じ。発信しないと何もしていないのと同じ。だから、オープン化してどんどん発信していく。正しい評価と知名度を獲得して、ここでもちろう淘汰は起こるんだけど、存在しないよりはいい。

とにかく、今、知はどんどん開放されてきている印象を受けています。

現在の恵まれた環境

大学の知の公開に加えて、もちろんインターネットの存在が大きい。いろんな知が広がっています。また、権威に関しても、以前に比べ重要度が落ちてきている。大学の先生は確かに権威が合って、ある程度価値が保証されている。簡単に言うとハズレが少ない。だけど、インターネットがあるので個人はどんどん情報を公開できる。すると、その公開された情報を元に正しい評価を下すことができ、その人の価値(ハズレじゃないこと)がわかりやすい。だから、在野の研究者も大学教授と同じレベルで発言できる。

  • 人の価値という話をしましたが、これは人の優劣という意味ではなく、ある分野における価値という意味合いで使っています。人の優劣は付けられないと思います。視点によって変わりすぎるし。

まとめ

という感じで、ちょっと考えてみました。とにかく、教養を上げることがイノベーションにつながるので大事。そして、個人としてイノベーションを起こそうと思ったら環境として今の時代はすごく恵まれている。的な回答に辿り着きました。客観的なデータを一切参考にしてはないので、全て僕の脳内での想定です。

Pocket
LINEで送る

You may also like...