31歳でプログラマになってから3年が経ったよ

February 01, 2015

Clock orsey

時の流れは速いもので、私がプログラマーになってから昨日で丸3年経過しました。今日から4年めに突入です!記念書き込みをしておこうと思います!

ちなみに、僕は31歳でプログラマに転職したので結構レアだと思います。この記事を書いているのは、新しいことに踏みだそうとしている人の背中を押せるかもしれないと思ったからです。やりたいことをやりましょう!リスクはたくさんあるけれど、欲求不満で仕事を続けると自分の人生も、のびのび生きたときに提供できる価値を社会が享受できないという社会的損失も大きくなりますよ!

プログラマになるまでをざっと振り返ると、大学の文学部在学中からバックパッカー的に世界を旅していて、卒業後は自分は何をやったらいいんだろうと思って落ち着かない気持ちを抱えたままいくつかの会社に就職して働くも続かず、流れ着いた保険会社で最初派遣社員として、途中から契約社員として保険の設計販売やチーム運営を5年間ほど続けていました。保険会社にいる間に、一念発起して当時流行っていた米国公認会計士の資格を取得しました。ただ、会計は自分には合わないと思って、転職活動は早々に切り上げ、プログラミングの勉強をはじめました。そしたら、見事にハマって、31歳でプログラマとして働き始め、今日に至ります。

目標が定まらず試行錯誤していた20代

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僕の世代前後だとよくあるかも知れないのですが、「自分が何をやりたいかわからない」「やりたいことを見つけなければいけない」的な変な強迫観念があり、いろいろ試していました。今思えば、目の前の好きなことをやればいいじゃんと思うのですが、社会のレールに乗らず何か自分独自の価値を提供できるとか思いながら大きな一歩を踏み出せないという結構ぐだぐだな感じでした。本を沢山読んでいました。3日で2冊くらい。とりあえず数をこなすのが目的だったので、新書を中心に童話なども含めて読んでいました。仕事は小さな会社をいくつか転々としました。無職期間もあったりしました。

20代の初めの頃は、合計すると1年くらいバックパッカーとして外国をふらついていました。東南アジア、南アジア、西欧、北アフリカと合計25カ国くらい。物価の安いところを中心に日本でお金を貯めて海外にでるという刹那的なスタイルです。

仕事は真面目にやっていたものの、なんか違うんだよなぁという気持ちはありました。資格の勉強などもやっていました。でも、インパクトのある資格を取ったらそれを軸に変化が訪れるんじゃないかと思って、当時流行っていた米国公認会計士の資格を取ろうと思いました。日本の会計士に少し易しいということも聞いていて、そんなに難しくなくインパクトが得られるからいいんじゃないかという軽い気持ちでした。グダグダしていた時期に英語の勉強もしていましたし(と言ってもその時はTOEIC900点は行っていなかった気がする)、保険会社の時は給料も20代としてはある程度良かったので、始めるときの抵抗は少なかったのですが、始めたらやっぱりテキストが全て英語なのできつかったです。会計の仕組みがわかると経済の流れが見えてくるので楽しいな♪などと思っていたのですが、勉強を初めて3ヶ月くらい経過した時に、自分はこの仕事につかないだろうなという直感がわきました。思い返せば資格受験を選択する際にもそこまで興味はなかったのですが、3ヶ月間はだましだましやっていたのです。

米国公認会計士合格がプログラマに転向するきっかけに

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そこで、勉強をやめるか続けるか。米国公認会計士は当時、受験はアメリカでするしかありませんでした。なので受験するのに毎回渡米するお金が結構かかります。勉強をやめれば勉強の時間とそのお金が浮くので他のもっと自分に適したものにチャレンジできるかもしれない。でも、僕はその時勉強を続けました。すごくアホなのですが、「今まで何もやりきっていなかった。この山は高いけれど越えれば次の展開が訪れるかもしれない!だからとりあえず合格するまでやる!」という変な思い切りが発生し、勉強を続けました。米国公認会計士は4科目全て合格すれば次のステージに進めます。1科目合格すると1年半(たしか)、合格のステータスが続きその間に他のすべての科目に合格すれば、全科目合格というステータスになりそのステータスは継続します(全科目合格した後は実務経験を数年積んでやっと正式な米国公認会計士の資格が得られる)。仕事をしながらの勉強だったので、1科目ずつ攻め、合計6回の渡米と2年間を経て2008年に全科目合格を果たすことが出来ました。お金を使い切り、最後に渡米して戻ってきた時には銀行の残高が3万円になっていました。次の給料日まで耐えられればなんとか持つなという20代的な楽観があったのでそこまで苦ではなかったのですが汗。あと、最初に合格した科目の有効期限が切れかかってました。ギリギリでした。

時期を同じくして当時勤務していた会社でチームリーダーになり、休みも取りづらくなり、激務で家に帰ったら即寝るという生活になりました。数回人にあって会計の仕事を探したりしたのですが、やはり自分に合わないという直感を得ていたので先には進まず、目の前の仕事に忙殺されていました。せっかく合格したのに、それを活かすことができなかったのですが、気持ち的には晴れ晴れとしていました。とりあえずやりきったのだから次のチャレンジをしようという気持ちになりました。

自分に合わないことはどんなにできるようになっても楽しくない。楽しいことをしたいと思うようになりましたw そしてプログラミングの勉強を始めることになります。

プログラミングが好きだということがわかり没頭、子供になった

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昔からプログラミングに対する憧れがあったので、次のチャレンジとして本格的にやってみようと思いました。2010年にMacを買い、30歳の誕生日前後にRainbowAppsというセミナーに10万円払って参加しました。最初に触れたプログラミング言語はObjective-Cだったのですが、当初返り値とかデリゲートとか、参照とか全く意味がわからず苦痛の連続でした。半日で2つのアプリを作って、そのアプリの解説を受けるというスタイルで5日間受けたのですが、全く訳がわからずコードを追っては頭痛に悩まされるという感じでした。それでも、1ヶ月後には初アプリをAppStoreにリリースして満足感を得ました。結構行けるんじゃないかという希望がありましたが、その後、希望と絶望を繰り返しながらプログラミングを続けていくことになります。

そんなこんなで、保険会社でクタクタになりながら、クタクタにならなかった日の夜や土日にプログラミングを個人的に勉強していました。振り返ってみると、結構効率の悪い勉強をしていて、同じ所をずっとグルグル回っていた気がします。たくさんサンプルアプリを作りましたが、リリースは少ししかできませんでした。本もなぜか全然読めませんでした。このままでは、先に進めないと思い、RainbowAppsで出会った方が社員を探しているということで、そちらでお世話になることにしました。

2012年の2月1日にプログラマとしての人生がスタートしました。朝から晩までプログラミングが出来るということでワクワクしていましたが、当初少しはできると思っていたものの、全くダメでした>< ただ、できないなりに目の前のことに没頭しましたが、プログラムが出来ない以外にもプログラマとしての基礎知識的なものがなくコミュニケーションもままならないという結構キツイ状態でした。昼間わからなかったことを夜調べる(でも、根本的な理解はできなかったり)という日々が続きました。それでも、周りの方に支えられ何とか続けていました。

そういう状態が1年以上続いたと思うのですが、その間にプログラミングを嫌いになることもなく、自分ができることが増えてくる感覚が単純に楽しくて、日々勉強を続けていました。仕事は仕事なのですが、プログラミングは趣味でもあったため土日も没頭することが多くありました。その間に、プログラミング以外の自分が苦手なことは余りやらなくなり、好きなことだけをするような性格に変わってきましたw ちょっと性格が雑になっていったかもしれません。子供っぽくなりました。はにかむようになりましたw 人に合わせることが減りました。社会人レベルは下がったかもしれません汗

2年目には結婚しました。僕が自由にやっているのを応援してくれる味方ができて、日々の精神的ダメージが大分少なくなりました!

そんなこんなで、いくつかの仕事を経験し、アプリを作りまくっていました。

3年目からはいろんなエンジニアとたくさん出会うためにイベント等にも出まくっていました。最盛期は土日入れて週に4回とかやりすぎてました。

仕事の達成感を感じ、世界へと繋がりたい欲求が生じる

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3年目の後半くらいから、自分のできることもある程度わかってきて、人の役に立てる部分があるかも知れないと思うようになりました。それから、自分のためだけではなく人のために人に喜んで貰える仕事がもっとしたいと思うようになりました。更に興味のあることに没頭していきたいと思うようになりました。と言っても、まだまだ継続的に技術力を上げていく必要があります。

プログラミングには言語ごと、興味の対象毎に様々なコミュニティがありますが、そのコミュニティからいままでは恩恵を得ることばかりだったので、逆に貢献していきたいなと思うようになりました。昨年末にはたぶん初めて有名なライブラリへの貢献をしました。

iOSのライブラリもちょっとしたのを作りました(作ったばかりでこれから成長させる予定><)。

今の会社でもアプリがんばってます!いいのでますよ!

赤裸々な告白をしては凹み、自信に満ちてたり、すぐに打ちのめされたり忙しいですが、人間的でいいじゃないかと思い切ってます。

これからも頑張っていきまっす!皆さんよろしくお願いします。(この記事はすぐに削除する可能性があります。恥ずかしいので)

記事の写真について

写真は自分の過去の写真から適当にピックアップしています。フィーリングで選んでますw


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Written by morizotter who lives and works in Tokyo building useful things. You should follow them on Twitter